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第五十四話 出会いと契約

Auteur: 月歌
last update Dernière mise à jour: 2025-04-14 11:00:00

◆◆◆◆◆

異世界に召喚された青年は、柔らかな光の中で目を覚ました。

足元に広がる幾何学模様の魔法陣。周囲を囲む異国の石造りの柱。高い天井には、見たことのない金属細工と文様が描かれていた。

「……は? あれ、これって……」

黒髪の青年は上体を起こし、天井を見上げたまま呆然とつぶやく。

「この構図、テクスチャ素材、光源処理……完全に俺が設定したやつじゃん。え、うそだろ……?」

彼の名は直人。ゲーム開発者――だった。

「いや待て、ここ……俺のゲームの世界だよな……? あの未完成で納期ぶっちぎった『☆聖女は痛みを引き受けます☆』……マジで!?」

直人は魔法陣の上から飛び退くように立ち上がり、視界をあちこち忙しなく動かす。

召喚陣の周囲には、数名の僧衣をまとった教会関係者たちが固まっていた。 彼の漆黒の髪と瞳。その異質な姿に、一同は言葉を失っている。

「黒髪に黒い瞳……まるで夜の呪いのようだ……」 「本当に、聖女なのか……?」

ささやきが広がる中、その沈黙を破るように、一人の男が前へと進み出た。

銀白の髪を風に揺らし、深紅の瞳をたたえた長身の男。 その威容はまさに“王”の風格を纏っていた。

「下がっていろ。私が話す」

堂々とした足取りで青年に近づいたその男は、静かに

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